今日の学科は「修行の心得」。
子供たちが副読本を単元ごとに音読します。
同じ事を繰り返し繰り返し学ぶことで、理解を定着させることができます。


今日の学科は「修行の心得」。
子供たちが副読本を単元ごとに音読します。
同じ事を繰り返し繰り返し学ぶことで、理解を定着させることができます。
本部道院拳友会として、2025年6月22日の香川県大会に出場してきました。
それぞれの拳士の技術レベルが審判員から評価されました。
入賞できた人、できなかった人、それぞれですが、大切なのは結果に一喜一憂するのではなく、自分の課題を見つけること!
課題がみつかれば、今回の大会に出場したことに意義があったのだと思います。
幼少期のうちに、「人」としての教えを学ぶ事は、必ずや大人になった時に生きて来るものでしょう。
現代社会において、このような場があることは素晴らしいと思います。
子供たちよ、大きな人になりなさい。
少林寺拳法のよいところは団体で演武を行うところ。自分勝手に動くと全体が乱れます。
目の前の相手だけでなく、周りにも意識をはかり、合わせようとします。
人間一人では生きていけない。他と歩調を合わせ、協力して一つの作品を作ることの素晴らしさを学びます。
教えを学ぶ時間。道院では、『読本』を声に出して読んでもらい、その意味しているところを学んでいただいています。
くり返しくり返し学ぶことで、教えが体に染みつくようにしています。(^^)
道院における少林寺拳法は「動功」です。すなわち、動くことによって、功を得ます。
おのずと「技術」的な修得が必要になります。そのためには、やはり「正確」さが求められます。
「正確」さの積み上げが、おおきな功を成し得ることに通じます。
去る5月3日(土)、町内の地域清掃をしてまいりました。特に食べたあとの袋、飲んだあとのペットボトルやカンが多かったようです。道路はゴミ箱ではなく、きれいでありたいものですね。最後はひとりひとり感想を述べ合って終了しました。ありがとうございました。
5月2日、一足はやく、開祖忌法要を執り行いました。宗道臣開祖が遷化され、早45年。
「井戸を掘った人のことを忘れるな」 という諺があります。
宗道臣が金剛禅を開基しなければ、いまの私たちはありません。
私たちはこれからも開祖の遺された教えを謙虚に学び、自己確立・自他共楽の道を歩んでゆく所存です。
演武の練習は、単に技を交互の行うことが目的ではなく、互いを尊重し、気持ちを合わせ、よりよい人間関係を作る「形」を学ぶことです。それが少林寺拳法が大切している良いところですね。
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